講師からのメッセージ
新しいエンターテインメントを目指す「現場」がここにある!
高橋洋(脚本家・映画監督/主任講師)
映画には必ず主人公がいる。
映画に限らない、物語を扱うすべてのメディアにこれは当てはまる。
主人公はたいがい、何か克服せねばならない「問題」を抱えている。
僕たちの日常生活だってそうだ。みんな何かしら問題を抱えている。
でも、他人が抱える問題に誰も興味を持とうとはしない。自分のことで精一杯だ。
ところが不思議なことに、映画を見始めると、赤の他人の主人公が抱える「問題」がまるで我がことのように感じられる。
そして「問題」がついに克服される瞬間を見届けたいと思う。
これがエンターテインメントの骨法なのである。
この学校はみなさんと一緒に新しい時代のエンターテインメントを
開発することを目指している。
魅力的な「問題」を発見して欲しい。
そしてそれをいかに観客に届けるか、講師たちと探求する「映画作りの現場」を体験して欲しい。
初等科木曜夜クラス担当講師メッセージ
宮下隼一(脚本家)
「こんにちは」「こんばんは」など、
気も利いていなければ格好よくもおしゃれでもないセリフが、
あるべき時にあるべき場所であるべき人物の口から発せられると、
観る人の胸をとてつもなく痛く切なくそして楽しく射抜くことがあります。
シナリオが『建築設計図』にたとえられる所以です。
ではそんなシナリオは、誰のために、なんのために書かれるのか?
講義はそこから始まります。
その答えを知ってなお、書きたい、書きたいことはあるのに書き方がわからない、そんなあなたを待っています。
初等科水曜夜クラス担当講師メッセージ
佐藤佐吉(脚本家・映画監督・俳優)
僕は23歳まで、せいぜい「映画が少し好き」という程度の青年でした。
レンタルビデオ全盛期を迎え、名前も知らなかった映画たちから強烈な洗礼を受ける一方で、今のようにSNSがなかった時代、感想や興奮を共有できる相手を探していました。そんな中、新聞で藤本義一さん主催の「心斎橋大学」という構成作家・脚本家養成講座の存在を知り、そこで初めて「脚本」という表現に出会いました。この出会いが、映画との距離を決定的に縮めたのだと思います。
仕事を続けながら一年間真面目に通い、地方ドラマ脚本の奨励賞をいただきました。講座はもう一年残っていましたが、「自分はすぐに書き手になれる」と思い込み、会社を辞めて上京しました。しかし、実際にデビューできたのはそこから10年後のことです。振り返れば、実力も覚悟も、まったく足りていなかったのだと思います。
プロを目指す道は、決して甘くありません。ただし、「必ず面白い脚本を書く」という覚悟と、諦めない粘り強ささえあれば、道が完全に閉ざされることもない。これは綺麗事ではなく、僕自身が遠回りの末に実感していることです。
僕自身、いまもなお修行の途中にいます。
同じ場所で悩み、もがきながら、一緒に前へ進んでいけたらと思っています。
高等科火曜夜クラス担当講師メッセージ
冨永昌敬(映画監督)
私たちの社会は役割であふれています。教師の役割は教育、お風呂のそれは入浴、ラーメンなら食料…といった意味ですが、あなたが知っている映画の内部にもさまざまの「役割」が存在しています。
マフィアの一家を描いた『ゴッドファーザー』には、武闘派の兄と優等生の弟が登場します。この映画は原作小説のとおり「マフィアらしくない」弟を主人公にすることで、3時間の重く切ない人間ドラマになりました。
しかし仮に、マフィアという「役割」に一番ふさわしい兄を主人公にしていたら、たぶん1時間半の痛快なアクション映画になったはず。ここに作用しているのが「役割」への意思なのです。
役割とは、それを徹底するか、逸脱するかの二択しかありません。「らしい」と「らしくない」です。同時に、映画の登場人物には人格というものが本来そなわっていますが、社会や人間関係のなかではいろいろな役割が人格を抑圧します。この講座では役割と人格のせめぎ合いを主軸として、あなたが考える物語や場面を、映画のシナリオとして形づけることを目指しています。
高等科金曜夜クラス担当講師メッセージ
宇治田隆史(脚本家)
世の中には小説にしろマンガにしろ色んな物語があります。
好きな作品や作家、ジャンルなどそれぞれに好みがあるでしょう。
ところが自分が何にどう反応しているか意外とわからないものです。
起こった出来事や目についたスタイルに感動したように思いますが、
その感動を再現してみようとシナリオ(自主映画)の中で真似てもまったく上手くいかなかったり。
心が動かないというか。
面白かった、カッコよかった、感動した、はどうやって生まれるのでしょう。
いったいどうやって作られるのか。なんだか途方もない気もします。
でも確かにあるのです。
それを見にいってみませんか。






