hinosato_240第1期ドキュメンタリー・コース高等科作品
2002年(42分)DVCAM

監督:飯岡幸子

【解説】ドキュメンタリーとしても、風景映画としても、型破りな魅力に満ちた傑作である『ヒノサト』は、映画美学校ドキュメンタリー高等科で、是枝裕和主任講師により選ばれた企画である。監督は、『オイディプス王/ク・ナウカ』でデビューした飯岡幸子。企画は彼女の祖父、飯岡修(故人)が自作したというSPレコード用の蓄音機のエピソードからはじまった。祖父は第二次世界大戦中、ぎりぎりに出来上がった蓄音機を一度だけ回して、出征したそうである。実家に残る蓄音機の箱をきっかけに、年少の頃の記憶しかない祖父のことを知りたくなった飯岡は、彼が高校の美術教師をしていた福岡県宗像市日の里の取材をはじめた。「日の里」の町のあちこちには、飯岡修の油絵が残されているのである。だが、映画「ヒノサト」はそうした事情をまったく説明しようとはしない。映し出されるのは、現在の町の様子、それもキャメラが透明になったかのような、人々が撮られていることを意識していないような情景である。市民体育館、高校同窓会館、総合福祉施設、美術部の生徒の家などを巡っていくなか、キャメラはひっそりと壁に掛けられている絵を収めていくがそれは絵の前を町の人が視線も向けずに通り過ぎていくように、あくまで町の日常のなかで静かに息づいている。しかし、その絵のタッチを通して、やがて観客は画家の過去にも分け入って行く。そこに、白地に意味不明の字幕が小さく挿入される。それが画家の日記だと推測できるようになると、現在の日の里、過去の祖父の時間をを示す日記、そのふたつを通底させる絵という三つの時間が流れ出す。その三通りの離れた距離が画家のアトリエに光が射し込むのをきっかけに、接近し、未曾有の映画的緊迫を醸し出す。やがて、祖父の残したレコードの音が響くのだが、それは日記で予告されたブルックナーの「ロマンテック」ではなく、フルトヴェングラーの指揮するベートーヴェン「レオノーレ序曲第3番」である。だが、町と祖父の遭遇も一瞬の夢だったかのように、日常の時間が回帰してくる。町を見下ろす許斐山(このみやま)の高台の無人の情景で、この静謐な空間は閉じられる。