フィクション・コース第25期初等科は、1年間のカリキュラムとなります。
演出・脚本・撮影・照明・録音・編集と映画づくりの基礎を学べます。また修了制作として希望者全員が短編映画を制作します。講義内容によりオンライン、対面と適宜対応。コロナ禍の状況でも安心して通うことが可能です
開講にあたり、第25期初等科の講師を担当する西山洋市さんにメッセージをいただきました。

「映画をとる」ことの意味(西山洋市)

  一般的に映画は「とる」と言われることが多いのですが、そして「とる」は「撮る」と書かれることがほとんどなわけですが、この「とる」の実際の内実は「撮る」(撮影する)だけではなく、その前に撮るべき被写体を作る「演技の演出」があることは意外と忘れられているようです。
 まず映画の内容としての被写体を考え、それを作り出さなければ「撮る」ことはできない。これは「芝居を作る」などとも言われ、演技すべきシナリオを考えることもここに含まれてきます。どのような演技を演出するかで映画の内容は変わります。そのときセリフを「録る」(録音する)のも「撮る」に劣らず大事な作業になります。それもただ聞こえればいいというわけではなく、魅力的なセリフとして響いてほしい。それも演技の演出に含まれる大事なポイントです。

  つまり「映画をとる」ときカメラ(撮影)のことだけ考えていては充実した映画は作り出せない。芝居に対するセンスがそれ以前に重要で、それを学んでもらいたい。それがフィクション・コースの第一のテーマです。演技の演出が豊かになれば、それだけ「撮り方」の可能性も広がります。撮り方は、作られる芝居(人物の動き)によって変わるものだからです。実際、「撮り方」を考えるだけでは解決のつかない問題がたくさん出てくるのです。それにぶつかることも大事な経験のひとつです。

  映画作りにはさらに「編集」「音仕上げ」という重要な作業があり、これらも演技の演出つまり芝居に関わっており、それに対する考え次第で変わるものです。ここは間を取って芝居をゆったり見せよう、とか、逆に早いテンポでとんとん進めよう、とか。この芝居には効果音が必要だな、とか、逆に音なしでもいけるな、とか。劇映画作りの秘訣は徹頭徹尾、「芝居」という概念に関わるところにあるようです。それは僕だけの実感ではなく、他の講師とも共通する認識だと思います。

  演技の演出は映画作りの根底にありながら、映画を見ているだけではなかなか切実に理解しにくいものでもあります。実際にやって経験しなければ本当のところはなかなかわからないでしょう。ですからさまざまな課題を通じて、まず実際に自らの手で映画作りを行うことで劇映画の核心にある演技の演出に直面してもらうこと、その体験によって演出に関わるセンスを拡張してもらうことがフィクション・コース初等科の一番の眼目になっているのです。

  そして映画作りは一人で何から何まで全部をやらなければならないものでもありません。スタッフやキャストと協力し合って、共同作業でより良いものに向かってゆくことができるのも映画作りです。

  このような映画作りの現実をぜひ体験してみてください。それ以外に映画に近づく道はないと思います。

 

プロフィール

西山洋市  Nishiyama Yoichi

「おろし金に白い指」(91)「ホームビデオの秘かな愉しみ」(93)など実験的深夜ドラマから出発。「ぬるぬる燗燗」「ぬるぬる燗燗の逆襲」(92)は96年に劇場用映画『ぬるぬる燗燗』としてリメイク。その他の監督作に『痴漢白書劇場版II』(97)『完全なる飼育 愛の40日』(01)『稲妻ルーシー』(04)『運命人間』(04)『グロヅカ』(05)など。一方、『桶屋』(00)『INAZUMA稲妻』(05)『死なば諸共』(06)を経て『kasanegafuti』(12)に至る「マゲをつけない時代劇」、その他の試みで劇映画の新しい形を模索している。近作に『瑠璃道花虹彩絵』(16)。最新作はフィクション・コース第21期高等科生とのコラボレーションである『ネオ†ハムレット』(19)。

フィクション・コース第25期初等科 9/8(水)開講!

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<NEW!>8月14日(土)に行われた募集ガイダンスの様子を限定配信いたします!
→配信は終了いたしました。お申込み、誠にありがとうございました。(2021/8/26 映画美学校事務局)