「セリフ」ではなく「映画」を訳す ──映像字幕翻訳者・手束紀子さんインタビュー
プロフィール
翻訳家。映画やテレビドラマの字幕のほか、文芸翻訳も手がける。代表作に『幻滅』(グザヴィエ・ジャノリ監督)『けものがいる』(ベルトラン・ボネロ監督)『季節はこのまま』(オリヴィエ・アサイヤス監督)『モンテ・クリスト伯』(アレクサンドル・ド・ラ・パトリエール&マチュー・デラポルト監督)『哀れみと悲しみ』(マルセル・オフュルス監督)など。文芸翻訳に『窒息の街』(マリオン・メッシーナ著)
「セリフ」ではなく「映画」を訳す
──映像字幕翻訳者・手束紀子インタビュー
字幕翻訳という仕事に、どんなイメージを持っているだろうか。
フランス映画祭やオンライン映画祭マイ・フレンチ・フィルムフェスティバルの運営などを経て、現在は映像字幕翻訳者として映画を中心に活躍する手束紀子さん。 映画美学校・映像翻訳講座(基礎科・演習科)の修了生でもある手束さんに、これまでのキャリアと、字幕翻訳という仕事、そして翻訳講座で得たものについて聞いた。
そこに広がっていたのは、言葉を訳すだけではない。映画を読み解き、「登場人物が一番伝えたいことは何か」を確実に届ける執念深い作業。それが、字幕翻訳の世界なのだ。
フランス留学から、フランス映画祭の運営まで
手束さんは大学でフランス語を学び、卒業後にフランスへ留学。帰国後は東京日仏学院で、書籍や文学イベント、演劇、討論部門など、フランス文化に関わるさまざまな企画運営を担当してきた。
「映画は好きでしたけど、当時は仕事として関わるという感じではなかったですね。ただ、学生時代、1999年〜2000年前後はフランス映画が盛り上がっていた時でした。カラックスとか『アメリ』とか、ミニシアターに若い人がたくさん行っていた時代でした。」
東京日仏学院では文化事業の運営が主な仕事だったが、組織改編や業務内容の変化をきっかけに、「自分のやりたいことと少しずつ合わなくなってきた」と感じ始めた頃、ユニフランスの東京支局への縁が訪れる。
「映画は好きだし、やってみたいなと思って。そこからは映画一色ですね。」
ユニフランスでは、日本におけるフランス映画の振興を担い、フランス映画祭の運営をはじめ、日本市場のリサーチや配給会社へのヒアリングなどを行っていた。
働きながら、映画美学校に通い始める
ユニフランスで働く中で、手束さんは字幕翻訳に強い関心を持つようになる。
「ずっと興味はあったので、ユニフランスで働きながら、映画美学校の講座に通い始めました」
最初は演習科から受講し、その後基礎科へ。
印象に残るのは、講師陣による試験「トライアル」。20分ほどの短編映画を無記名で翻訳し、一次・二次審査を経る厳しい選考だ。
「20〜30人受けて、受かるのは1人か2人。ゼロの年もありますよね。厳しいんだなと思いました」
字幕翻訳は、単に語学力が高ければいい仕事ではない。そのことを、講座とトライアルを通して強く実感したという。
ユニフランス退職、字幕翻訳家へ
ユニフランスを退職し、本格的に字幕翻訳家として活動を始めた手束さん。
スタートが比較的スムーズだった背景には、それまで築いてきた人間関係があった。
「今日から字幕翻訳やります、って言っても普通は簡単に仕事は来ないと思うんです。でも、私は本当に恵まれていて、ユニフランスを辞める時に「お世話になりました会」を開いてもらえました。、そこで“これから字幕をやります”って紹介してもらえたのは大きかった。ユニフランス時代に、いろんな配給会社さんと関わりを持っていたことも助けになったと思います。」
現在は映画を中心に、フランス語圏作品を軸にしながら、他言語作品にも挑戦している。
「映画を読む」ことが字幕翻訳
手束さんは主にフランス語から日本語へ訳すほか、その他の言語も英語字幕をもとに作業することが多い。というのも、日本で上映される映画にはさまざまな言語の作品があり、必ずしもその言語に対応できる字幕翻訳者がいるとはかぎらないからだ。
「英語ができれば多くの作品を訳すことができます。ただ、フランス語もそうですが当該作品の言語に精通していれば、より正確なニュアンスが訳出できる」
さらに、クメール語など自分が理解できない言語の作品を扱うこともある。
「英語字幕は、正直すごく頼りない時があるんです。絶対違うだろうって思うことも多い。だから映像を何度も見て、時にはAIで聞き取ったりしながら、いろんな言語に変換して、いくつも候補を出して、その中から一番しっくりくるものを探す」
その作業は誰にも共有されないが、「突き止めるとすごくうれしい」と語る。
映画美学校で得た「他者の翻訳を見る経験」
映画美学校での経験について、手束さんが語るのは「他人の翻訳を見ること」の重要性だ。
「自分ではこれ以上ない良い訳だと思って出しても、他の人の翻訳を見てハッとすることは多々あります。間違ってる・合ってるじゃなくて、十人十色の表現やニュアンスを学べる」
字幕翻訳は、仕事となるとかなり孤独な作業となる。
だからこそ、同じ作品を訳し、それぞれの訳を読み合い考える経験が貴重だったという。
「一人でやっていると、どんどん凝り固まってしまう。学校みたいに、細かく細かくひとつのシーンを見る経験は、非常に貴重なものです」
字幕翻訳という仕事の流れ
現在の字幕翻訳の仕事は、配給会社や制作会社からの依頼で始まる。
素材(映像・台本・英語字幕など)を受け取り、まず行うのが「ハコ切り」だ。
「どこからどこまでを1枚の字幕にするかを決める作業です。そのあと訳して、最後までいったらもう一度全部見直す」
さらに手束さんの場合、紙に印刷し、字幕だけを読むという。
「文字だけで読むと、いつの間にか主語が入れ替わっていたり、構造が破綻している箇所がよく見える。映像があると、すらすらと流れていって、わかった気になっちゃうんですよね」
こうした工程を経て、最終的に納品する。
制作期間は短くて2週間、余裕があって1か月ほどだという。
特に難しいのが、ジョークや固有名詞などの訳だ。製作国では当たり前に知られている著名人の名前や、子供が好きなクッキーの銘柄ひとつとっても、どのように訳すかでセンスが問われる。
「ジョークをそのまま訳すのって難しいですよね。字幕で笑わせるって簡単なことではない。だから、”今この人はジョークを言っている”ということを伝えるように努力しています」
字幕翻訳者になるために、スキルの他に必要な要素は何か。手束さんは、わからない表現に出会った時、ありとあらゆる手段を使って調べ尽くし、たどり着く執念としつこさだと語る。
「なんとなくで最後まで訳せてしまう。でも、細かく見ていくと全然違う。あと、ただセリフを言葉どおりに訳すのではなく、登場人物が「何を言わんとしているか」を訳出すること。映像翻訳講座でその感覚を身体に染み込ませてもらったと思います」
字幕翻訳を志す人にとって、翻訳講座は「技術だけではなく、映画をどう読み取るかを学ぶ場所」なのだと、手束さんは教えてくれた。
インタビュアー:四方智子/はましゃか
写真:袁 崟楓







