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脚本を書きたいという思いは、どんなふうに生まれるのだろうか。
映画美学校脚本コース修了生の弥重早希子さんは、現在ドラマの脚本などで活動する脚本家の一人である。2019年に城戸賞佳作を受賞し、その後NHK土曜ドラマ『3000万』で脚本家としてデビュー。2026年4月より放送の連続ドラマ『エラー』(ABCテレビ・テレビ朝日系全国ネット)では全8話の脚本を担当し、現在も映画やドラマの脚本開発に携わる。
映画美学校での学びは、単に脚本の技術を身につける時間ではなかったという。そこにあったのは、自分の内側にある視点や感情を掘り起こし、それを物語として形にしていくための時間だった。
弥重さんに、映画美学校での経験と脚本を書くことについて聞いた。

プロフィール

IMG_3030 2京都府出身。映画美学校脚本コース第6期(高橋泉クラス)修了。修了生対象のプロットコンペティションにて企画開発対象作品に選出、同プロットを元に執筆した脚本『邪魔者は、去れ』で第45回城戸賞佳作を受賞。2022年、NHKの脚本開発チームWDRプロジェクトのメンバーに選出。執筆作にTVドラマ『3000万』(1話・8話)(NHK/2004年)、『あの夜をすくいに』(ABCテレビ/2025年)、映画『手と心が一致していない』(短編/2023年)、『シケモクとクズと花火と』(2025年)など。2026年4月放送開始予定のTVドラマ『エラー』(ABCテレビ・テレビ朝日系全国ネット)では全8話の脚本を執筆。

純粋に映画が好きだった幼少期

弥重さんは京都に生まれ、ただただ純粋に映画が好きな子供として育った。
「『ホーム・アローン』とか『ラヂオの時間』などコメディーが好きな子供でしたね。その後、クリント・イーストウッドの『パーフェクトワールド』を観たときに、映画っていいなと思ってそこから見る映画の幅は広がりました。好きな映画を好きに見るという感じでしたね」
学生時代になると、脚本にも興味を持つようになる。宮藤官九郎、向井康介、渡辺あやといった脚本家の作品に触れ、物語を書くことに惹かれていった。映画の専門教育を受けていたわけではなく、大学では哲学を専攻していた。物語を書くことには関心があったが、進路がはっきり決まっていたわけではなかった。映画美学校脚本コースに入学したのは2016年。28歳のときだった。

一冊の本がきっかけになった

弥重さんが映画美学校を知ったきっかけは、大学生の頃に読んだ一冊の本だった。それが『映画の授業―映画美学校の教室から/黒沢清、高橋洋ほか著)』である。映画美学校の講義や講師の言葉をまとめた本で、映画をどのように考え、どのように学ぶのかが語られている。弥重さんはこの本を何度も読み返していたという。インタビュー当日、表紙が取れるほどに読み込まれた実物の本を見せてくれた。

01223623「今でも煮詰まると読み返します」
特に印象に残っていたのが、脚本についての塩田明彦氏や高橋洋氏の文章だった。書いてある内容はどれも弥重さんにとって自分に合うなと感じる内容だったという。
学校のホームページを訪れ、目に入ったのは高橋泉講師のメッセージだった。
「自分の核を見つけにきてください」
その言葉が、弥重さんを映画美学校に向かわせる。
「そういうもの、私にはまだないかもしれないなと思ったんです」
弥重さんは映画美学校に入学するため、上京を決めた。

「モヤモヤしていたのは私だけじゃなかった」

実際に入学してみると、同じように迷いながら来ている人が多かった。
「ちょっとモラトリアムっぽい人たちが多かったですね。モヤモヤしていたのは私だけじゃなかったんだ、と思いました。仲間いた!って感じですかね(笑)」
受講生の年齢や職業はさまざまだ。社会人として働きながら通う人もいれば、コピーライターやディレクターなど映像や広告の仕事をしている人もいる。講義は週に一度。終わったあとには近くの飲み屋で、脚本の話や日常の話をする時間もあった。
「第二の学生時代みたいでした。何を考えても許される空間という感じでした」
映画が好きで、物語を書きたいという思いを持った人たちが集まる場所だった。

最初の課題は「人生で一番衝撃的だった出来事」

弥重さんが通っていた当時のクラスで最初に出された課題は、自分の体験を語ることだった。
「人生で一番衝撃的だった出来事を話して、それをもとに15分の脚本を書くんです」
クラスでは、受講生がそれぞれの体験を語る。まだ出会って間もないクラスメイトたちがそれぞれ語る人生の一片。それは、ちょっと変わった”自己紹介”となった。それぞれのエピソードはどれも興味深く、クラスの緊張は徐々に溶けていった。
「何を話してもいいんだ、という空気になりましたね」
弥重さんが語ったのは、父親が突然亡くなった出来事だった。自分の身に起こった出来事をそのまま書くのではなく、決められた時間などの制限のもと、フィクションに書き起こしていく作業が始まった。

「何を書きたいの?」という問い

01223470 2いざフィクションに書き起こしていくと必ず壁にぶつかる。そこで浮かびあがる問いがある。
「何を書きたいの?」
脚本は構造や技術だけで書けるものではない。自分が言いたいことが必要になる。
「モヤモヤしている、だけでは弱い。どうモヤモヤしているのか、どんな角度で見るのかを深めていく」
1人では延々に悩み続けてしまいそうなものだが、講師陣やクラスメイトとの対話の中で少しずつ核心へと近づいていく。
さらに重要になるのが、観客を引き込む「つかみ」だ。魅力的な人物がいるだけでは物語にならない。その人物に何が起きるのか、いわゆるログライン、物語の軸が特にエンタメ作品には必要となる。
「企画の根幹を教えてもらった感じがしました」

自分の語り口を知る

講義を受けていく中で、弥重さんは自分の‘‘核‘’に近づいていく。
「高橋洋さんに、“弥重さんはネガティブだよね”って言われたんです」
人間の感情のうち、普段の生活ではあまりよしとされない感情をもとにすることが多いという。
「みんなが笑っている場面でも、裏では違うことを思っているんじゃないかとか。ちょっと不謹慎なんですけど、持っていたくない感情とか、よこしまな思いとか、そういうところから書くことが多いですね。高橋泉さんからは、”弥重さんの場合は、その嗅覚と人物造形に独自性はあるから、それを信じて自分なりの語り口を探求してみたらいいと思うよ”と言っていただいて。そこから少しずつ自分なりの語り口を模索していきました」
そんな試行錯誤を経て、脚本コースで書いた課題をもとにした作品は、2019年に城戸賞で佳作を受賞した。

講義は「プロの現場に近い」

脚本コースでは、提出された脚本に対して講評が行われる。一人あたり20分ほどの時間をかけて議論し、講師だけでなく、受講生も意見を出す。講評の時間は、脚本打ち合わせに近い。
「講師の高橋泉さんからは、他の人の作品も読んでくるように言われました。その上で講師の意見を聞くだけじゃなくて、キャッチボールをしようという感じで進めて下さっていました。まさに本打ちですね」
プロの現場では脚本は必ず議論され、リライトを繰り返す。しかし、当時はその議論の大切さになかなか気づけなかったと言う。
「意見を出すというのがなかなか難しくて。どうしても講師の方の意見をそのまま聞いてしまうということもあったかもしれないですね。でも、今思うと、これは本当に本打ちの練習になる場所だったな、と。やっぱり講師の方も現役の方ばかりなので、正解探しをしているわけではなく作品をよりよくするための議論を本気でしてくださっていたと思うので」

修了後のキャリア

修了後、弥重さんは修了生向けのプロットコンペに参加する。そこでプロデューサーに選ばれたことがきっかけで、企画開発に関わるようになった。脚本を書く前段階である「プロット」を作る、いわゆるプロットライターとしての仕事だった。その後、NHKの脚本開発プロジェクトに参加。チームで海外ドラマの分析を行いながら脚本開発を行う経験を積む。その時、講義中に言われていたことの意味がわかる。
「実際にプロジェクトに参加して、自分の意見を出したり、他の方の作品を読み込んで分析した上で発言すると得るものがすごく大きかった」
他の人の本も読んでどんどん発言しなさい、と言われていた意味が腑に落ちたという。
そこで書いたパイロット版が採用され、2024年にNHK土曜ドラマ『3000万』で商業デビューを果たした。

「迷っているなら、行ってみたらいい」

最後に、脚本コースを検討している人へのメッセージを聞いた。
「そんなに大したものは失わないと思います。受講料くらいです」
弥重さんはいたずらっぽく笑う。
「全員が(脚本家に)なれるわけじゃないし、私もいま首の皮一枚でつながっているだけ。輝かしい未来が絶対ありますよってことは正直言えないけど、
だからといって得たものがなかったかって言ったら絶対あった。私は通って復活した感じがしました」
映画美学校に通ったからといって、人生が決まるわけではない。
ただ、自分の核を探す時間にはなるかもしれない。
脚本コースは、物語を書く技術を学ぶ場所であると同時に、「自分は何を書きたいのか」を問い続ける場所でもあるのだ。

インタビュアー:はましゃか
写真:袁 崟楓